
―桃源郷から生まれる布―
はじめてエンブロイダリーレース織機に出会ったのは29歳のときでした。
その頃、縫製をお願いしていた縫製工場の社長さんが、
「いいもの見せてあげよう」と言って連れて行ってくれたのが、エンブロイダリーレースを作る工場でした。
とても大きな工場で、数台の大きな機械が、絶え間なく布に刺繍しているという、見たことのない光景でした。
しばらく立ちすくんで、見惚れていたと思います。
織機の音は、時を刻むような心地よい音がしていました。
500本以上ある針が、ゆっくりそして早く、まるで音楽を奏でるように動いて布に糸を刺し、絵を描いていきます。
なんて美しいんだろうと思いました。
22歳で服飾の専門学校を卒業し、初めて就職したアパレルメーカーでは、レースをあしらったナイトウエアやランジェリーをデザインしていました。
問屋さんが持って来られたサンプルの中からレースを選んで、一番美しく見えるようにあしらい、ドレスのような逸品を作る仕事でした。
ちょうど日本は好景気の時代に入り、そのナイトウエアなどは良く売れて、わたしたちデザイナーはそれこそ機械のように働いたものです。
かなり息切れしましたが、今思うと相当量のレースを見る機会を得たことも、後のわたしにとって財産となりました。
そのうちレース工場の閑散期に、オリジナルのレースを作っていただくようになりました。
初めて自分のレースができたときは、ドキドキと胸が高鳴りました。
出来上がったレースは、いつもより惜しみながら使ったかもしれません。
幾度かレースを作っていただきながら、53歳のときに思い切って、工場の近くに引越し「音の絵」というアトリエを構えました。
レース織機と出会って、24年が経っていました。
わたしが手がけているのは、エンブロイダリーレース織機で作られた刺繍布です。
刺繍布は、通常、レースと呼ばれる細幅のケミカルレースや綿レースと同じ織機で作られます。
レース織機で作られたものは、総じて「レース」と呼ばれます。
「音の絵」をはじめた時、レースの元になる絵はレースの仕事に携わっていない方に描いていただこうと思いました。
わたしも最初、自分の絵がレースになった時にとても嬉しかったように、もし絵の好きな方が、自分の描いた絵が布になることに喜びを感じていただけたら、それもわたしの喜びになるだろうなあと思ったからです。
そして、その布をわたしだけではなくて、多くのハンドメイドされる方にも使っていただけたら、きっとその世界は無限に広がり、この愛おしいレース布を遠くの地まで連れて行ってくれるかもしれないとも思いました。
そのため布は商用可能として計り売りをさせていただいています。
アトリエでは、ミシンの好きな方が嬉しそうに布を選びにお越しくださいます。
次に来られたときは、出来上がった服やバッグを、また嬉しそうに見せてくださいます。
わたしにとっても何よりも嬉しいひとときです。
アトリエがある場所は、岡山県赤磐市という白桃の産地です。
春になると、たくさんの桃の木に花が咲き、街中が桃色に染まります。
<ぼあーんぼあーん>はこの景色から生まれました。
絵を描いてくださった方々はそれぞれに物語を持っていて、だから唯一無二の素敵なテキスタイルになっています。
いつしか、その物語を語り続けることがわたしの使命と思うようになりました。
皆さまに共感していただけるようご紹介させていただきますので、これからもどうぞよろしくお願いいたします。
2025年 桃始笑
音の絵 間野菜々江

間野 菜々江/ Nanae Mano
1963年生まれ
岡山のアパレルメーカーのデザイナーを経て、2015年「音の絵」を立ち上げる。岡山県赤磐市にアトリエを構え、販売のかたわらときどきミシンを踏み、文章も書く。
著書
2015年 / 吉備人出版20周年記念ほんとまち大賞受賞作
エッセイ『夜中にミシンを踏みながら』(吉備人出版)
2024年 / 第一歌集『てのひらを差し出す』(吉備人出版)